ビープルとは?|無名の作家がNFTで69億円を稼いだ理由、代表作10選で解説【2026年版】

アート

それまで100ドル以上で絵を売ったことのない無名のデジタルアーティストが、ある日突然、存命作家として世界で3番目に高額な絵を売った男になりました。ビープルという名前が世界に知れ渡ったのは、2021年3月のわずか数分間の出来事です。しかしその裏には、14年間、1日も欠かさず作品を作り続けてきたという地味な積み重ねがありました。

この記事では、ビープルがどんな作家で、どんな作品を残してきたのか、代表作10点の解説を中心にまとめました。現代アート全体の中での位置づけは、ピラー記事もあわせてどうぞ。

ビープルとは?基本情報

ビープルは、アメリカ・ウィスコンシン州出身のマイク・ウィンケルマンの活動名です。1981年生まれ、パデュー大学でコンピューターサイエンスを専攻し、卒業後はウェブデザインやモーショングラフィックスの仕事をしながらキャリアを積んでいきました。正統な美術教育を受けたことはなく、独学でデジタルアートの技術を磨いていったという点で、これまでの9人とはかなり異なる経歴を持つ作家です。

2007年5月1日、ビープルは「Everydays」というプロジェクトを開始します。ルールはただひとつ、どんな日でも必ず1点、新しい作品を作って公開すること。結婚式の日も、体調を崩した日も、子どもが生まれた日も、この習慣は途切れることなく続きました。当初は稚拙な習作でしたが、Cinema 4Dなどの3D制作ソフトを使いこなすにつれ、政治家やテック企業の経営者、ポップカルチャーのキャラクターを風刺的に描く、独特のディストピア的な作風へと発展していきます。

代表作10選:作品から読み解くビープルの視点

1. Everydays(毎日更新プロジェクト)/2007年〜

すべての出発点となった、日々の制作習慣そのものです。当初は英国人アーティストのトム・ジャッドに触発されて始めたというこの取り組みは、14年以上にわたって1日も欠かすことなく継続されました。単なる腕試しではなく、「時間の経過を記録する」という一種のコンセプチュアル・アートとしての性格も持ち合わせています。

2. Politics Is Bullshit/Crypto Is Bullshit/2020年10月

ビープルが初めてNFTマーケットプレイス「Nifty Gateway」で発表した作品群です。1ドルという価格で販売された「Politics Is Bullshit」は、その後の二次流通市場で6,666ドルまで値をつけるなど、NFTという仕組みそのものへの関心を一気に高めるきっかけになりました。ちょうど2020年アメリカ大統領選挙が佳境を迎えていた時期と重なり、政治的・抗議的なテーマが強く打ち出されていたことも話題性を後押ししています。

3. Crossroad(クロスロード)/2020年

2020年アメリカ大統領選挙をテーマにした作品で、うつ伏せに倒れたドナルド・トランプの体に、侮辱的な言葉が落書きのように描き込まれています。選挙結果に応じて表示される映像が変化するという仕掛けが組み込まれており、当初66,666ドルで販売されたこの作品は、2021年2月、660万ドルで再取引されました。当時としては史上最高額のNFT取引のひとつになっています。

4. Everydays: The First 5000 Days/2021年

2007年から2021年初頭までの5,000点の「Everydays」作品を、1枚の巨大なコラージュにまとめた作品です。2021年3月、クリスティーズのオークションに出品され、100ドルから始まった競りは最終的に6,934万6,250ドルという価格で落札されました。大手オークションハウスが完全にデジタルなNFT作品を扱った初めての事例であり、創業255年を超えるクリスティーズが「1枚のJPEGファイル」にお墨付きを与えたという事実そのものが、世界中で大きなニュースになりました。

5. Human One(ヒューマン・ワン)/2021年

ビープル初の物理作品にして、代表的な立体インスタレーションです。高さ約2メートルの箱型構造物の4面にLEDスクリーンを組み込み、宇宙服姿の「旅人」が、絶えず変化する仮想の風景の中を永遠に歩き続ける映像を映し出します。映像は現実の出来事やビープル自身の心境の変化に応じて、本人の手でリモートから更新され続けるという設計になっており、「作者が生きている限り進化し続ける作品」というコンセプトが特徴です。2021年11月、2,898万5,000ドルで落札されたのち、イタリア・トリノのカステッロ・ディ・リヴォリ現代美術館でフランシス・ベーコンの絵画と並んで展示され、ビープルにとって初の美術館デビューになりました。

6. ルイ・ヴィトンとのコラボレーション/2019年

2019年春夏コレクションで、ルイ・ヴィトンがデジタルアーティストと本格的に協業した初期の事例のひとつです。NFTブームが到来する2年以上前から、ビープルの作風はすでにラグジュアリーブランドの目に留まっていました。この協業は、のちに他のハイブランドがデジタル・NFTアーティストと組む流れの先駆けとしても位置づけられています。

7. カーボンネガティブ宣言/2021年

作品そのものではなく、ビープルが自ら打ち出した方針です。NFTの基盤となるブロックチェーン技術が大量の電力を消費し、環境負荷が大きいという批判が高まったことを受け、ビープルは「今後のすべてのドロップ(新作発表)を、カーボンニュートラルどころかカーボンネガティブにする」と宣言しました。ペルーでの植林プロジェクトへの投資などを通じて、過去の取引分もさかのぼって相殺する取り組みを進めています。

8. Uncertain Future(初の実作品個展)/2022年

ニューヨークのジャック・ハンリー・ギャラリーで開催された、ビープル初の物理作品による個展です。NFTという仮想的な取引の世界から出発した作家が、実在するギャラリー空間で実作品を展示するという、キャリアの転換点になった展覧会です。

9. FTX Board Meeting, Day #5676/2023年

暗号資産取引所FTXの破綻と、創業者サム・バンクマン・フリードを題材にした風刺作品です。NFTとしてブロックチェーンに登録されると同時に、油彩画としての物理的な実体も持つという、デジタルと物理の両方にまたがる作品になっています。カステッロ・ディ・リヴォリ美術館がこの作品をYouTubeで紹介しようとした際、性的表現を含むという理由でYouTube側に映像を削除される一幕もありました。ビープルはこの作品を同美術館の常設コレクションに寄贈しています。

10. NFTバブル崩壊後も続く日課/2022年〜

2022年以降、NFT市場全体の取引量は最盛期から9割以上減少したとされています。ビープル自身、「ほんの短い期間だけ、みんなが『これが未来だ』と言ってくれる窓が開いていた。そしてまた憎まれる存在に戻った」と、率直にその浮き沈みを振り返っています。それでも、億単位の資産を築いたあとも、サウスカロライナ州の大きなスタジオで、変わらず1日1点の制作を続けている姿勢こそ、ビープルという作家の本質を物語っています。

賛否両論:これは「新しいウォーホル」なのか

ビープルをめぐる評価は大きく割れています。Human Oneを展示したカステッロ・ディ・リヴォリ美術館の館長は、ビープルを「集合知、あるいは集合的な愚かさの時代のアンディ・ウォーホル」と評しました。トランプやザッカーバーグ、プーチン、金正恩といった実在の権力者を風刺的に描き、大衆文化のイメージを社会批評へと変換する手法は、ウォーホルのポップアートの手法を現代のSNS時代に置き換えたものだという見立てです。

一方で批判的な立場は、NFTアート全体に対して向けられることが多く、「作品そのものの美的価値よりも、ブロックチェーン上で取引可能かどうかが評価基準になっている」「これはアートというよりマーケティングだ」といった指摘が根強くあります。技術的な巧拙よりも希少性や投機性が価格を決めているのではないかという疑問は、NFTバブルが崩壊した今も完全には解消されていません。

市場価値とオークション記録

ビープルの市場的な特異性は、たった1年の間に無名の存在から世界屈指の高額作家へと駆け上がった点にあります。2021年だけで、Everydays(6,934万ドル)とHuman One(2,899万ドル)を合わせて1億ドルを超える売上を記録し、これ以前は自身のプリント作品を100ドル以上で売ったことすらなかったという逸話が、この急騰ぶりを何より雄弁に物語っています。NFT市場全体が縮小した現在も、ビープルは存命作家として史上最も高額な取引を行った人物のひとりという記録を保持し続けています。

よくある質問

NFTって結局何を買っているの?

ブロックチェーン上に記録された、複製のきかない所有権の証明書のようなものです。デジタルデータ自体は誰でも複製できますが、「本物」としての所有権を1つに絞れる点が新しい仕組みです。

なぜ無名だったビープルが突然高額で売れたの?

2007年から14年以上、1日も欠かさず作品を作り続けてきた蓄積があったこと、そして2020年後半からNFT市場に本格参入し、政治的なテーマで話題を集めたことが重なりました。クリスティーズという伝統的な大手オークションハウスが初めてNFTを扱ったという「お墨付き」も、価格高騰の大きな要因です。

ビープルは環境問題への批判にどう応えたの?

ブロックチェーンの電力消費への批判を受け、2021年、今後のすべての作品をカーボンネガティブにすると宣言し、植林プロジェクトなどを通じて過去の取引分も含めて相殺する取り組みを進めています。

NFTバブルが崩壊した今、ビープルはどうしているの?

市場全体の取引量は最盛期から大きく落ち込んでいますが、ビープル自身は変わらず1日1点の制作を続けており、美術館への作品寄贈や実作品の展示など、デジタルとフィジカルの両面で活動を広げています。

まとめ

14年間、1日も欠かさず作品を作り続けた末に訪れた、わずか数分間のオークション。ビープルの物語は、NFTバブルという一過性の現象としてだけでなく、地道な継続がもたらす到達点としても読むことができます。バブルが崩れたあとも制作を止めない姿勢こそが、この作家が本物の「作家」であり続けている理由なのかもしれません。

ほかの現代アート作家との比較や全体像は、現代アート入門のピラー記事でまとめています。