2012年に3気筒エンジンを手に入れたMV Agustaは、そこから一気に世界を広げました。ドラッグレーサー風のDragster、モタード風のRivale、クロスオーバーのStradale、そして本格ツアラーのTurismo Veloce。ひとつのエンジンから、これだけ性格の違うバイクが生まれたのです。
ここではBrutaleとF3を除いた「798ccの3気筒を積む仲間たち」を、まとめてたどります。
すべての出発点は、あの3気筒
エンジンはエツィオ・マスケローニが設計し、最初にF3へ搭載されたユニット。ボア79mm、ストローク54.3mmの水冷DOHC直列3気筒で、1気筒あたり4バルブです。
最大の特徴は逆回転クランク。ホイールが生む慣性を打ち消すことで、車体の向きを素早く変えられます。もともとレースの技術ですが、これがツアラーにまで積まれているのがMV Agustaらしいところです。
エンジンはトラスフレームから吊るされ、ストレスメンバーとして機能します。43mm Marzocchi倒立フォーク、Sachsのリアショック、Bremboのブレーキ(フロント4ポット/リア2ポット)。ホイール、スイングアーム、フレームプレート、フォークブリッジはアルミ製です。
Dragster — 信号を蹴散らすために
Brutale Dragster 800(2014)
2013年のミラノEICMAで初公開。Brutaleをより攻撃的にした派生として企画されました。
最大の変更は200/50ZR17という極太リアタイヤで、これを収めるためにリアまわりの外装が作り直されています。テールを大胆に切り詰めた造形は、ショーモデルがそのまま公道に出てきたような迫力。
売れ行きは想定を大きく超えました。2014年の販売は予測の3倍に達し、後にDragsterはBrutaleから独立した独自シリーズになります。
Dragster 800 RR(2015)
吸排気の変更で標準比15ps増の140ps/13,100rpm。上下方向にクラッチレス変速できるクイックシフターを搭載し、サスペンションを固め、ワイヤースポークホイールを装着しました。この足まわりが、Dragsterの見た目を決定づけています。
2018年式の変更
Euro4に対応させると同時に、サスペンション構成を変更。結果としてホイールベースが20mm延び、トレイルが8.5mm増加しました。エンジンマウントも見直され、ねじり剛性が高められています。初期型と後期型で乗り味が違うのは、この変更が理由です。
Dragster 800 RR SCS(2020)
2018年にTurismo Veloceで初採用されたSCS 2.0(Smart Clutch System)を搭載したモデル。Rekluse製の遠心式クラッチに電子制御を組み合わせたもので、レバーで通常どおり操作してもいいし、システムに任せてもいい。アイドリングのままギアを入れられ、スロットルを開ければ自動的に繋がります。
通常のクラッチに対する重量増はわずか36g。この数字だけでも、どれだけ丁寧に作られたシステムか分かります。
Dragster 800 RC(2017) — ゼッケン37の意味
Reparto Corseラインの限定車。カーボン外装と鍛造ホイールを多用して乾燥168kgまで軽量化しました。エンジンは800 RRと同じ140psです。
赤・白・黒のReparto Corseグラフィックには「37」の数字が入ります。これはMV Agustaが獲得したメーカータイトルの数。350台限定でした。
2021年にはクラッチをSCSに置き換えたDragster RC SCSが登場。こちらは300台限定で、透明のクラッチカバーから機構が覗ける仕立てになっています。
Dragster RR LH44(2016) — 244台
2015年のEICMAで発表された、ルイス・ハミルトンとのコラボ第1弾。F1チャンピオンが新型バイクの制作に直接参加したのは、これが初めてでした。
ハミルトンはCastiglioni Research Centreと数ヶ月にわたって密に関わり、細部・仕上げ・アクセサリーを選んでいます。パールホワイトの車体とパンサーのロゴは彼のヘルメットから取られたもの。「44」はフロントとサイド、そしてイグニッションキーにまで入ります。
ブレーキレバー、ハンドルバー、給油口キャップ、ブレーキポンプカバーはErgal製で、ロゴ・フレーム・ステップには赤いアルマイト仕上げ。シートはキルティングパターンのアルカンターラ。外装の多くは3Kカーボンです。
生産は244台。ちなみにフランスでの価格は24,144ユーロと、ここにも44が入っていました。
※台数について、一部の資料では144台と記載されていますが、これはBrutale 800 RR LH44(144台)との混同と見られます。
Dragster 800 RR Pirelli(2018)
モンテカルロの「P ZERO World」開店に合わせて発表されたピレリとのコラボ。単なるカラー変更ではありません。
タンクスライダーとカウルは、ピレリの研究開発部門が配合した専用ゴム製。傷や擦れ、摩耗に耐えるための素材です。タイヤはピレリDiablo Supercorsa SPで、サイドウォールにはボディカラーに合わせた黄色または青のストライプが入ります。
Dragster 800 RR America(2019) — 200台
1975年の750 Sport Americaとアメリカ国旗へのオマージュ。America Blue/ホワイト/Ago Red/ディープブラックの配色に、赤いハブ・青いスポークリテーナー・白いリムというスポークホイールを組み合わせています。200台限定。
2023年にはDragster RR SCS Americaが登場。こちらは米国向け特別シリーズの50周年を祝うもので、その起点は1973年の750Sにさかのぼります。SCS 3.0(Radius CX自動クラッチ)を搭載し、6軸IMU、8段階のリーン角対応トラクションコントロール、コーナリングABSを備えました。
Dragster RR Ottantesimo(2025) — 500台
創業80周年記念シリーズの一員。マットなブラックとシルバーのコントラスト、そしてカーボン製のリアホイールカバー。
面白いのは刻印です。トリプルクランプまたはタンクプロテクションプレートに「1 di 500」とレーザー刻印され、あわせて「EMMEVI」の文字が入ります。これは「MV」というアルファベットの読み方を明示するためのもの。イタリア語で「エンメヴィ」と読ませたい、という遊び心です。
新しい9枚スリッパークラッチ(トルクアシスト付き)により、クラッチレバーの操作力は従来比50%軽くなりました。5年保証つきです。
Rivale 800(2014-2016) — 短命だった異端児
モタードの姿勢とスーパースポーツの中身を組み合わせた一台。125psを発生する3気筒を積み、高い車高と幅広ハンドルで独特の乗り味を持っていました。
デザインの評価は高かったものの、市場での寿命は短いものに終わります。ただしこのRivaleが、次のStradaleを生むきっかけになりました。
Stradale 800(2015-2017) — 「マキシスクーター」と呼ばれた実験
2012年のミラノEICMAで見たドゥカティ・ハイパーストラーダに触発されて企画されたモデルです。
開発の経緯が面白い。最初はRivaleに快適なシートとミニバッグを付けただけの試作を作ったのですが、これが操縦性が荒れて手に負えなかった。そこでステアリングの問題を解決するために、フレームを新設計することになります。
社内での開発コードネームは「lo scooterone(マキシスクーター)」。MVらしからぬ愛称ですが、それだけ日常性を狙ったモデルだったということです。
出力は115ps/11,000rpm、乾燥重量181kg。ハーフカウルを備えた実用派でしたが、これも2017年で姿を消しました。
Turismo Veloce 800(2015-) — 生き残った実用派
Rivale、Stradaleが短命に終わるなか、唯一定着したのがTurismo Veloceです。
基本設計 — ツアラーとしての作り込み
出力は110ps/11,000rpm、トルク84Nm/8,500rpm。最高速230km/h、0-100km/h加速3.75秒という数字を持ちます。
注目すべきはジオメトリで、F3のキャスター23.9度・トレイル89mmに対して、25度・107mmと大きく寝かせてあります。タンデム時や34Lのハードケースを満載したときの安定性を優先した設計です。ホイールベースはBrutale 800より約46mm長い1,445mmですが、その長さはスイングアームの延長と長いサスストロークから来ています。
ハードケースは標準装備。これがMV Agustaのラインナップでは唯一の存在です。
Turismo Veloce Lusso — 上級版
LEDヘッドライト、サテライトナビゲーション、ヒーターグリップ、ハンドガードを追加。さらにSachs Skyhookのセミアクティブサスペンションを装備します。Skyhookアルゴリズムが路面状況に応じて減衰力を自動調整する仕組みです。
Turismo Veloce Lusso SCS(2018) — 量産車初のSCS
MV AgustaのSCSが量産車に初めて搭載された、記念すべきモデルです。開発には3年以上を要し、専用部品の製作と数十万kmに及ぶテストが行われました。
ホンダのDCTでもスクーターのCVTでもありません。通常のマニュアルミッションに、Rekluse製の自動クラッチを組み合わせたもの。エンストしないという安全上の利点もあり、右足で操作するパーキングブレーキも備わります。
ツーリングでこの装備がどれだけ効くかは、実際に長距離を走った人ほど分かるはずです。
Turismo Veloce RC SCS(2019) — 250台
Lusso SCSの1年後に登場した限定版。Reparto Corseのカラーをまとった、250台限定の高性能スポーツツアラーです。
Turismo Veloce Rosso(2019)
エントリー向けのRossoコレクション。ホイールは切削なしのプレーンなキャスト仕上げとなり、サイドケースは非装備になります。赤と黒の配色です。
2021年式の大幅改良
ユーロ5に適合させると同時に、内容が大きく更新されました。
- エキゾーストの再設計、高圧化された燃料インジェクター
- EAS 3.0電子ギアボックス
- リアフレームの再設計によりシート高を約25mm下げて830mmに
- 大型化・幅広化され、手動調整も可能になったスクリーン
- 5.5インチTFTディスプレイ(Bluetooth接続)
- Mobisat製GPSトラッカー、MV Rideアプリによるナビゲーション
- クルーズコントロールを標準装備、フロントリフトコントロール、コーナリング機能付きContinental MK100 ABS
足つきの改善は、日本のライダーにとっては特に大きな変更点です。
800ファミリー スペック一覧
| モデル | 年 | 最高出力 | 台数 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| Brutale Dragster 800 | 2014 | 125ps | — | 200/50ZR17の極太リア |
| Dragster 800 RR | 2015 | 140ps/13,100rpm | — | クイックシフター、ワイヤースポーク |
| Dragster RR LH44 | 2016 | 140ps | 244 | ハミルトン監修。キーにも44 |
| Dragster 800 RC | 2017 | 140ps | 350 | 乾燥168kg。ゼッケン37 |
| Dragster 800 RR Pirelli | 2018 | 140ps | 限定 | ピレリ開発の耐傷ゴム外装 |
| Dragster 800 RR America | 2019 | 140ps | 200 | 750 Sport Americaへのオマージュ |
| Dragster 800 Rosso | 2019 | 110ps | — | エントリーグレード |
| Dragster 800 RR SCS | 2020 | 140ps | — | SCS 2.0搭載 |
| Dragster RC SCS | 2021 | 140ps | 300 | 透明クラッチカバー |
| Dragster RR SCS America | 2023 | 140ps | 限定 | 米国向け特別シリーズ50周年。SCS 3.0 |
| Dragster RR Ottantesimo | 2025 | — | 500 | 「1 di 500」「EMMEVI」刻印 |
| Rivale 800 | 2014-2016 | 125ps | — | モタード風 |
| Stradale 800 | 2015-2017 | 115ps/11,000rpm | — | 乾燥181kg。開発名「lo scooterone」 |
| Turismo Veloce 800 | 2015- | 110ps/11,000rpm | — | 34Lハードケース標準 |
| Turismo Veloce Lusso | 2015- | 110ps | — | Skyhookセミアクティブサス |
| Turismo Veloce Lusso SCS | 2018 | 110ps | — | 量産車初のSCS搭載 |
| Turismo Veloce RC SCS | 2019 | 110ps | 250 | Reparto Corseカラー |
| Turismo Veloce Rosso | 2019 | 110ps | — | サイドケース非装備 |
※出力は本国仕様の公称値です。日本仕様は異なる場合があります。
選ぶときの視点
- Dragsterの年式 — 2018年式でホイールベースが20mm延び、トレイルも増えています。安定志向なら2018年以降
- SCSの有無 — 街乗りや渋滞が多いなら、SCS付きは体験がまるで変わります。バージョンは2.0から3.0へと進化
- Turismo Veloceは2021年式が境目 — シート高が830mmに下がり、TFTとナビ、クルーズコントロールが加わりました
- Rosso系は出力110ps — 数字だけ見ると控えめですが、街中で使い切れる特性という考え方もできます
ひとつのエンジンが描いた地図
Dragsterで信号を蹴散らし、Turismo Veloceで峠を越えて宿まで走る。同じ798ccの3気筒が、これほど違う顔を見せるというのは、なかなかないことです。
RivaleとStradaleは短命に終わりましたが、その試行錯誤があったからTurismo Veloceが生まれました。失敗作という言い方は、たぶん正しくありません。
【主な参照元】MV Agusta公式サイト/バイクブロス バイクカタログ/同 Turismo Veloce 800試乗記(和歌山利宏)/Wikipedia(英語版)MV Agusta Dragster series/同 MV Agusta Turismo Veloce/同 MV Agusta Stradale 800
オーナーの声はみんカラ Dragster 800も参考になります。


